お金のこと

2026.10.25

親の預金が下ろせなくなる日|認知症による資産凍結と、家族信託で備えるという選択肢

親の施設が決まって、いざ入居一時金を払おうとした日に、窓口で止められた。

そんな話を、ご家族から何度も聞いてきました。

通帳も印鑑もキャッシュカードも持っている。本人の子どもであることも説明した。

それでも「ご本人様に窓口までお越しいただけますか」と言われてしまう。

実は私も、最初はこれが何の話なのか、よく分かっていませんでした。

「資産凍結」という言葉だけが先に耳に入ってきて、何をどう備えればいいのか分からない。

今日は、そのあたりを順番にほどいていきます。

「口座が止まる」とき、実際に起きていること

まず誤解を解いておきたいことがあります。

銀行が「認知症の人の口座を一斉に凍結している」わけではありません。

診断を受けただけで自動的に止まる、という仕組みもありません。

止まるきっかけは、たいてい窓口でのやりとりです。

本人が来られない、来ても手続きの内容が説明できない。家族が代わりに来て「本人は認知症で」と伝えた。

そういう場面で、銀行が「ご本人の意思が確認できない」と判断する。

そこから先、まとまった出金や定期預金の解約、投資信託の売却が止まります。

キャッシュカードでの引き出しや、公共料金の口座振替は続くことが多い。

つまり、日々の小銭は動くのに、大きなお金だけが動かせなくなる。

施設の入居一時金を用意しようとして初めて気づく、というのはそのためです。

なぜ銀行はそこまで慎重なのか

背景には、民法の決まりがあります。

民法第3条の2は、意思能力(自分のしていることの意味が分かる力です)を欠いた状態で結んだ契約は無効、と定めています。

無効ということは、あとから「あの解約はなかったこと」にされうるということです。

銀行からすれば、本人の意思が確認できないまま大きなお金を動かすのは、かなり危ない橋になります。

全国銀行協会は2021年、この問題についての考え方を公表しました。

そこでは、親族などが代わりに手続きすることは「極めて限定的な対応」であり、成年後見制度の利用を求めることが基本だとされています。

そのうえで、例外も示されています。

認知判断能力を失う前なら本人が払っていたであろう医療費の支払いなど、本人の利益に適合することが明らかな場合に限り、依頼に応じることが考えられる、という書き方です。

ここで大事なのは、これが「家族が下ろせるようになった制度」ではないということ。

あくまで銀行側の判断材料であって、応じるかどうかは金融機関ごとに違います。

投資信託などの解約については、元に戻せないぶん「より慎重な対応が求められる」とも書かれています。

本当に困るのは、施設のお金を親のお金から払えないこと

ご相談でいちばん多いのが、ここです。

施設に入るとき、お金は本人の年金と預金から出すのが自然だと、ご家族は思っています。

ところが口座が動かない。

結果どうなるかというと、子ども世帯が立て替えることになります。

月々十数万円を、自分たちの生活費から出し続ける。

これが半年、一年と続いていくと、かなりこたえます。

もうひとつが、自宅の売却です。

空き家になった実家を売って入居費用に充てたい、という相談はよくあります。

でも不動産の売買契約も法律行為ですから、本人に意思能力がなければ結べません。

実際、2024年に家庭裁判所に出された成年後見の申立てでは、不動産の処分が動機に挙がったものが14,990件(36.0%)ありました。

預貯金等の管理・解約は38,561件で92.7%。

つまり、お金が動かせなくなってから後見制度に駆け込む、という順番になっているご家庭がとても多いのです。

成年後見では間に合わないことがある

では成年後見を使えばいいのかというと、使えます。使えますが、クセがあります。

まず、誰が後見人になるかは家庭裁判所が決めます。

2024年に選ばれた後見人等のうち、親族は17.1%。残りの82.9%は弁護士や司法書士などの専門職です。

申し立てたご家族がそのまま後見人になれるとは限りません。

次に、後見人の仕事は「本人の財産を守ること」が軸になります。

子や孫のための支出、相続税対策、収益物件の建て替えといった動きは、基本的にできません。

自宅の売却にも家庭裁判所の許可が要ります。

そして、一度始めると本人が亡くなるまで続きます。専門職が就けば、その間ずっと報酬が発生します。

誤解のないように書いておくと、成年後見はご本人を守るための制度で、そこに不備があるわけではありません。

ただ「施設の費用を柔軟に出したい」という目的に対しては、合う場面と合わない場面がある、ということです。

成年後見そのものの中身は、記事の末尾に置いた「おひとりさまの終活」の回で詳しく書いています。

家族信託という選び方

もうひとつの備え方が、家族信託です。

仕組みはそれほど複雑ではありません。

親(委託者)が、自分の財産の管理を子など(受託者)に託す契約を結ぶ。

そして、その財産から利益を受け取る人(受益者)を親自身にしておく。

【1】親の預金のうち一部と、自宅を信託の対象にする

【2】管理する人を長男にする

【3】そこから出るお金は親のために使う

こうしておくと、あとで親の判断能力が落ちても、長男の判断で自宅を売ったり、預けたお金から施設費用を払ったりできます。

契約の時点で親が決めたことなので、あとから家庭裁判所の許可を取り直す必要がない。

ここが成年後見との大きな違いです。

手続きの流れは、だいたいこうなります。

【1】誰に何を託すか、何に使うかを家族で決める

【2】司法書士や弁護士に相談して信託契約書をつくる

【3】公証役場で公正証書にする

【4】自宅など不動産があれば信託の登記をする

【5】銀行で「信託口口座」を開き、託す金銭をそこへ移す

注意していただきたいのが【5】です。

親の既存の口座がそのまま信託されるわけではありません。

信託するお金は、受託者が管理する専用の口座へ移す必要があります。

この口座を扱っていない金融機関もあるので、早めに確認しておくと安心です。

家族信託が向かない場合、急がなくていい場合

ここは正直に書きます。万能ではありません。

もう判断能力が落ちている場合は、契約できません。

信託は契約ですから、親が内容を理解して自分の意思で結べることが前提です。

ここが間に合わなかったご家庭は、成年後見に進むことになります。

身のまわりのことは守れません。

家族信託ができるのは財産の管理だけです。

施設の入所契約を結んだり、医療や介護の手続きで本人の代わりになったりはできません。

そこが必要なら、任意後見とあわせて考えることになります。

託される側の負担も小さくありません。

受託者は、自分のお金と信託財産を分けて管理し、帳簿をつける義務を負います。

一年や二年ではなく、十年続くこともあります。

財産が預金だけで、金額もそれほど大きくないなら、急がなくていいかもしれません。

不動産がなく、施設費用も年金でおおむね賄えるご家庭なら、まず日常生活自立支援事業や代理人カードの届出で足りることもあります。

銀行によっては「代理人指名手続」を用意しているところもあります。

まずは親の取引銀行に、どんな仕組みがあるか聞いてみる。そこから始めても遅くありません。

費用の目安と、相談先の探し方

家族信託の費用は、大きく「実費」と「専門家への報酬」に分かれます。

実費のほうは公的に決まっています。

公正証書にするときの公証人手数料は、信託する財産が1,000万円超3,000万円以下なら23,000円、3,000万円超5,000万円以下なら29,000円。

不動産を信託する場合は登録免許税がかかり、土地は固定資産税評価額の0.3%、建物は0.4%です。

専門家への報酬は、事務所によってかなり幅があります。

信託する財産の1%前後をコンサルティング報酬として設定しているところが多く、契約書の作成や登記の代行が別途という形が一般的です。

自宅と預金を託す一般的なご家庭で、総額30万〜60万円あたりが目安として語られることが多いようです。

ただしこれは相場の話で、金額も内訳も事務所ごとに違います。

複数の事務所から見積もりを取って、内訳を比べてください。

「総額いくら」ではなく、「コンサル報酬はいくらか」「契約書作成はいくらか」「登記は含まれるか」まで聞くと、比較できるようになります。

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どこに相談すればいいか分からない、という方は、家族信託を専門に扱う相談窓口から話を聞いてみるのもひとつです。

認知症による資産凍結から親を守る|家族信託のおやとこ

無料で相談できるところから始めて、見積もりを取ったうえで、他の事務所とも比べていただくのがいいと思います。

まとめ

認知症による資産凍結は、診断で自動的に起きるものではありません。

窓口で本人の意思が確認できないと判断されたときに、まとまったお金が動かせなくなる。

そうなってから打てる手は、成年後見にほぼ限られます。

家族信託は、そうなる前にしか結べない契約です。

だからといって、慌てて契約する必要もありません。

財産の中身と、ご家族の事情によって、必要かどうかは変わります。

まずは親の預金がどの銀行にいくらあるのか、自宅は誰の名義なのか。

そこを書き出してみるところから始めてみませんか。

それだけで、何に備えればいいのかが、ずいぶん見えてきます。

すでに入居されていて、月々の支払いが苦しくなってきたという方は、「入居した後に『お金が続かない』と気づいたとき」の回もあわせてお読みください。

よくある質問

Q. 認知症と診断されたら、すぐ口座は凍結されますか。

A. 診断だけで自動的に止まることはありません。窓口で本人の意思が確認できないと判断されたときに、まとまった出金や定期の解約が止まります。日常の引き出しや口座振替は続くことが多いです。

Q. 家族が代わりに下ろすことは、まったくできないのですか。

A. 全国銀行協会の考え方では、本人の医療費の支払いなど、本人の利益に適合することが明らかな場合に限って応じることが考えられる、とされています。ただし成年後見の利用を求めるのが基本とされており、応じるかどうかは金融機関の判断です。

Q. 家族信託をすれば、成年後見は要らなくなりますか。

A. 財産の管理は信託でできますが、施設の入所契約や介護の手続きで本人の代わりになることはできません。その部分が必要なら、任意後見とあわせて準備することになります。

Q. 判断能力が落ちはじめていても、信託契約はできますか。

A. 契約の内容を理解して自分の意思で結べることが前提です。公証人が本人の意思を確認しますので、難しいと判断されれば契約できません。迷われている段階なら、早めに専門家に相談してください。

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※本記事は2026年10月時点の情報をもとにしています。制度の運用や金融機関の対応は変わることがありますので、実際の手続きの前に、取引銀行や専門家にご確認ください。

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